【イラスト】スーパーサイヤくまモン(くまモン頑張れ絵)

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-12152194854.html
2016年4月20日

《転載開始》

くまモン頑張れ絵 2016-4-20
画材:同人漫画用原稿用紙(A4)・製図ペン・アクリル絵具
完成:2016年4月20日


ガラにも無く便乗?

というわけでは無いのですが、やむにやまれずの衝動で描きました。

凄い雑です。

義援金を早く寄付しに行きたくて時間を掛けずに描きました。

それはともかく、
「スーパーサイヤクマ」と化したくまモンですけど、それには、

「熊本が復興を果たした時、
以前よりも更にパワーアップしているという願い」

を込めています。

サイヤ人は、瀕死の重傷から回復すると、
以前よりも強くなっていますからね。

昔の熱血スポ根漫画の様に、
瞳にもメラメラ炎をギラつかせています。

実は、スーパーサイヤ人化した孫悟空とくまモンを合体させた
パロディ画か何かを、見た様な見なかった様な、
凄い曖昧な不確かな記憶の様なものがありまして、
その記憶が確かなのかどうか画像検索で確認してみたのですけど、
自分が想像していたものは見つけられませんでした。


くまモン公式Twitterにあるにはあるのですが、
私が想像していたものとは全然違いました→
Twitter

なので、描いてみたわけです。





支援については考えなければならない事があるみたいで、
例えば、たかだか数人分の支援物資を携えて
個人で現地にボランティアしに行くのは、
逆に迷惑になる様なので、
現地の要望をちゃんと把握する事に努めるのが大事の様です。

支援物資が逆にネックとなり、
その処分に多額の税金が投入されたとか、
以前の自然災害の時にそういう事があったそうです。

「善意」が逆に「迷惑」となる事もあるのです。
今回もそういう事が起こらない様に願っております。

只義援金の寄付だけだと、例えば、
困っている人にちゃんと届いているのかどうか?
心配なわけで、だから、
現地に直接行ってこの目で確かめたくもなります。

東日本大震災の時も、
ロクでもない人に義援金が手渡ったりした事もあった様ですし。

でも、ここはグッとこらえて、
自分一人でもできる事をするに留めたいと思います。

なので私は、
「義援金」と「くまモン頑張れ絵」で応援させていただきました。


熊本地震 1
2016年4月20日の「銀座熊本館」。
やはり行列作っていました。


熊本地震 2
「最後尾」のプラカードを持ったスタッフの方もおられます。
義援金は、ギリシャ神殿の様な所を入った所に募金箱がありますので、
そこにお願いします。


熊本地震 3
私がいくら寄付したのか、
具体的な金額が分かるので凄いイヤらしいかなと思って、
この画像を出すかどうか正直迷ったのですが、
一応証拠という事で、特にそれ以上の感情はありません。

いい人アピールしたり自慢すると白眼視されるのが日本の風潮ですが、
特にそういうつもりも何にも無い場合は別にいいのでは?

手柄をひけらかさない「陰徳」が日本の美徳ではありますが、
特に私は聖人君子というわけでもないし。

特にADHDなどの発達障害系の人は、
只起きた事ありのままを口に出すだけで精一杯で、
そこに何か感情を込めたり
計算して言葉を発したりする事ができません。
(だから、言ってはいけない事を言ってしまうという“事故”を起こす)

なので、たとえ自慢話に聞こえる様な事を言ったとしても、
「どうだい凄いだろう、エッヘン!!」
などという感情なんか微塵も込められていません。

なので、軽く受け流せば良いと思います。
「スルー力」は大切です。

この震災について何か言葉を発した芸能人が
中傷されるという事件が問題になっていますが、
何をやっても文句を言う人や、
否定的に見る人っていますよね。

不満だらけなのでしょうか?

心が狭いですね。

そういう「つまらない人間」にはならない様にしたいです。

それよりももっと文句を言うべき事はあると思います。

例えば、海外に気前よくバラマキを行って消費税上げようとか
何だよそれってね。


大分地震
2日前の月曜日には、
大分のアンテナショップ「坐来」に義援金の寄付に行きました。
(銀座熊本館とは歩いて直ぐの距離)

熊本ほどの震災では無かったためか、
義援金の口座もまだ正式には開設されていなかったそうで、
(現在はどうかは知りません)
急ごしらえの仮の募金箱がありました。

大分と言えば、
昨年別府のアートフェスティバルで大変お世話になったので、
そのご恩に報いる意味もあります。


台湾南部地震
以前、台湾南部地震で義援金を寄付した事をブログに書きましたが、
差し支えなければ住所を、と言われ断れない性格なので教えた所、
感謝状を戴きました。

台北駐日経済文化代表処さんからは直ぐに感謝状が届いたのですが、
暫くしてから、台南市からも感謝状をいただきました。

台湾からの心尽くしには痛み入ります。






話は変わります。
私は体の不自由な人やお年寄りには席を譲るようにしているのですが、
或る日、仕事明けで死ぬほど疲れていたため、
たまたまその時、シルバーシートに座ってしまった挙句、
目の前にお年寄りが立っている事にも気付きませんでした。

隣の席に座っている人が妙に私の方に体を圧迫させてきたのですが、
その人が私に聞こえよがしに
「席譲りましょうか?」とその件の老人に話し掛けてきた事で、
この時初めて私の目の前に老人がいる事に気付きました。

私の隣の人の好意をその老人は拒否したのですが、
私も「席譲りましょうか?」と言うとやはり拒否されました。

すると、私の隣の人が体を圧迫してくるのをやめたのですね。

50代と思われる恰幅の良いおっさんですが、つまり、私に対して、
「目の前に老人がいるのに何座り続けてるんだバカヤロー」
と思っていたのは間違いないです。

要は、「誤解」なのですが、
私が何者なのか知らないからしょうがないと言えばしょうがないですけど、
ふと思ったのは、「善行は強制されてやるべきではない」という事。

お年寄りや体の不自由な人に席を譲らないからといって、
それを憤るのは、何か違う気がしました。

善意の行いは自発的に行うべきで、
強制されてもする方もされる方も、嬉しくないでしょう。

「同調圧力」というものが私は嫌いですし。

しかも、今述べた様な「誤解」も発生する危険性もあります。

義援金を寄付するのもしないのも「自由」ですよね。

いずれにしても、ここ最近おかしな事件が多発していますけど、
席を譲っている光景はたまに目にしますし、
熊本を応援している人が少なくない事も実感した事で、
日本にはまだ希望を抱いています。






実は、弊記事は、震災絡みということで、
「福島アートの旅」完結編記事の前座として書こうと思ったのですけど、
内容が多いため、別々の記事にしました。


【あの日から5年】福島アートの旅 - その1
2016年03月12日
【あの日から5年】福島アートの旅 - その2
2016年03月23日
【あの日から5年】福島アートの旅 - その3
2016年04月11日





【追記】
綺麗な画像に差し替え(2016年4月23日)


《転載終了》
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