【あの日から5年】福島アートの旅 - その2

http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-12142354433.html
2016年3月23日

《転載開始》

常日頃、

世の中の事を色々と考え、

自分には何ができるのかを考え、

思い悩んでいた最中、

ついに「東日本大震災」から5年目を迎えるという頃、

「福島の今」を訪問しようと思い立ち、

取り敢えず自分は絵描きの端くれであり、
身内が福島にいるという事もあって、
福島の美術館や画廊など、美術関係施設を観て回り、
応援しようと思い立ち、今回の旅となりました。

【あの日から5年】福島アートの旅 - その1
2016年3月12日

しかし、第2回目となる今回は、ちょっと趣が違います。

弊ブログによくコメントを付けてくださる、
北坂戸市民さんから、
「薄磯の今をレポートして欲しい」との要請を受けました。

また、今回の記事で2日目を全て紹介しようと思ったものの、
薄磯の画像が余りにも多いため、今回は、
「薄磯の今」のレポートのみとなります。

つまり、2日目は記事を2つに分けます。

そんなわけで、レポートと行きます!!


※実際に被災なさった方は、もしかしたら、
画像を閲覧するとトラウマを呼び覚ましてしまう危険性があるかもしれませんので、
そうなるかも知れないと思った場合は、閲覧しない事をおすすめいたします。






・3月10日 薄磯地区
前日の内に、
薄磯行きの新常磐交通バスの乗り場とその時刻を把握し、
翌朝7時15分出発のバスに乗り込みました。

確か、9番レーンだった様な・・・。

出来るだけ時間を有効に使いたかったからです。

そして「灯台入口」のバス停で降りました。


薄磯 1
8時前に到着しましたが、
冷たい強い風がビュービュー吹いていて、撮影するのに難儀。


薄磯 2
画面中央やや上、遠くに見えるのは、「塩谷崎灯台」(後述)です。

薄磯 3
新興住宅地の様に見えますが、ここはかつて住宅地でした。

既に工事業者が来ていて、作業していました。
お疲れ様です・・・


薄磯 4
バスが来た方向を眺める。
薄磯の主要な道路はまだ舗装されておらず砂利道でした。


薄磯 5
内陸側を眺める。

薄磯 6
左上には、お寺と、
「薄磯復興協議委員会」の建物(薄緑色)が見えます。


薄磯 7
そしてこちらは、海側。
堤防が妙に低いと感じるのですが・・・。


薄磯 8
堤防は造成中で、立ち入り禁止で近寄れません。

薄磯 9
道路のいわき駅方面から海が見える方位を撮影。

薄磯 10
「古峯農商神社」も被災した様で、
プレハブで仮設されているのが痛々しい。
現代美術でありそう?


薄磯 11
神社の近くにある石碑。
「豊かな人間性」という文言に複雑な思いを抱く。


薄磯 12
「いわき市立豊間小学校」です。
薄磯のメインストリートを暫く進むと、内陸側に向かう道があり、
バスはその方向へ曲がって行きます。
その入って直ぐのところに「灯台入口」のバス停があるのですが、
そのバス停よりも更に奥に進むと学校があります。


向かって左側の建物はプレハブですけど、
恐らく津波の被害にあったからなのかも知れません。
その奥に体育館と思しき建物が見えます。


向かって右の校舎は、隠れた場所にあるので、
恐らく津波にやられなかったものと思われます。
(憶測なので、違っていたらすいません)


薄磯 13
学校の近くに「庚申供養塔」等と書かれた石碑がありますが、
東日本大震災が切っ掛けで地中から発見されたのだそうです。


300年ほど前のものだとか。
地中から発見された供養塔 | 薄磯復興協議委員会 We Love 薄磯

「がんばろう!薄磯」の看板も。

薄磯 14
「民宿 鈴亀」のイラストが可愛いです!!
それにしても、宿泊客がいるのかどうか気になります。

工事業者は多分、民宿での宿泊はしないですよね?


薄磯 15
薄磯地区の掲示板。

薄磯 16
海岸線に沿って南下すると、堤防の造成が完了していいました。

その位置から、津波の被害に遭った薄磯を眺める。


薄磯 17
後述予定の、塩谷崎灯台のある丘の上から薄磯地区を見下ろした様子。

薄磯 18
この後、更に海岸線に沿って南下し、塩谷崎灯台を訪問しますが、
長くなり過ぎたために、取り敢えずはここまでとし、
薄磯編は次回も続く事になりました。


次回で2日目を書き終える予定ですが、
画像が多すぎる場合はどうなるか分かりません。


「ひばり街道」というのは、美空ひばり、
ゆかりの場所だからだそうですが、
それについては次回に語らせていただきます。






今回の旅でしくじった事が2点ありますが、その内の一つは、
前述の「薄磯復興協議委員会」の事務所を訪問しなかった事。

薄磯復興協議委員会 We Love 薄磯 | 福島県いわき市薄磯地区

実は福島を訪問する前に、ネットでその存在を把握していました。

薄緑色の建物です。

しかし、実際に訪れてみると、
見た感じが如何にも土木会社の様な感じで、
近寄りがたい雰囲気だったからです。

訪れたら迷惑かな?と思ってしまいました。

津波被害に遭う前の薄磯の姿を拝めたかも知れなかったので、
訪れなかったのが残念です。

それを撮影したものと思われる画像を拝借しました↓

薄磯 津波前 1
3・11・大震災原発事故から丸4年、いわき市で一番人的被害の大きかった薄磯 - えみちゃんブログ

そしてこちらは、薄磯の町並みを撮影した写真を集めた頁から拝借↓
薄磯 津波前 2
薄磯懐かし写真集 | 薄磯復興協議委員会 We Love 薄磯

どこにでもある風景が、一瞬にして失われる…。

複雑な心境になります。

そしてもう一つのしくじりというのは、次回のお話に関する事なので、
次回にという事になります。

それではひとまず、ここまでにしておきます。


《転載終了》
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